受け継がれる心
年の瀬が押し詰まると、おせち料理の準備も終盤。締めはスタッフ総出での盛り付けだ。
今のように保存技術や調理法、貯蔵環境が整っていなかった昔は、料理が傷まないよう窓を開けっ放しにし、温かい飲み物で暖を取りながらの夜通し作業。当時は携帯電話も車のナビもなかったから、疲労困憊で配達中、雪道で迷って途方にくれたこともあったそうだ。
それでも全てを終えた大晦日には、幼い子どもたちと除夜の鐘をつき、年越しそばを食べるのが田原家の慣わし。娘の成長と共にいつしか途絶えてしまったが、「覚えていてくれると嬉しいな」と女将。
明けて元旦は、『たはら』のおせちを囲んで家族水入らず。”めでたさを重ねる“重箱には、古より受け継がれてきた願いが一枡一枡に詰まっている。黒豆は無病息災、数の子は子孫繁栄、金団は富が貯まるように…大将が手間暇かけて作った縁起物料理が正月の味とは、何とも羨ましい話だ。
衣食住の洋風化や祝日の意義など、日本古来の風習が薄れゆく時代。感謝と祈りを込めて新しい年を祝い、家族揃っていただくおせち料理くらいは、本来の意味を噛みしめながら味わいたい。
幼い頃の家族団らんの記憶は、大人になってからも大切な宝物。日本の文化に根付いた伝統食とともに、きっと次世代へ受け継がれてゆくだろう。